2015年06月26日
こんにちは。
椎原崇です。
例えば、あなたの大好きなことを
やらせてもらったとします。
それは、人前で歌うことかもしれませんし
サッカーをすることかもしれません。
誰かのファッションのコーディネートをしてあげることかもしれませんね。
どんな分野でも構いません。
何でも良いので、自分が好きなこと、
喜んでやりたいことをやったと想像してください。
そこで、もし、そのやったことに対して
「報酬が無いんだ」といわれたとししても、
好きなことできたから、「まいっか。」と思う人が多いのではないでしょうか?
人によってはお金払っても良いくらいと思うかもしれませんね。
それだけ大好きなことがあるってことは素晴らしいのですが、反対に
好きでもないことをやらされて、
その分の報酬が無かったとしたらどう思いますか?
私はブチ切れると思います。
これだけ好きでもないことを我慢してやったんだから、
報酬が無いと納得いかない!となります。
でもそれって、好きなことをやったら、お金はいらないけど、
嫌いなことをやらされたらお金をもらわないと納得出来ない。
これは、「お金は嫌いなことをやったらもらえるものだ。」と思っているということです。
さっきの図式にあてはめると
お金=嫌いなことをやった時間
お金=労働の対価だと自分で思い込んでいるのです。
この前提だと、もっとお金を稼ごうと思うと、
もっと苦労しなくてないけない、もっと我慢しなくてはいけません。
だって自分でそう決めているから。
それは、お金を今よりももっと稼ぐのは(今よりももっと苦労をするのは)つらいですよね。
苦労してお金を稼いでいる人はもっと稼ぐには
今よりももっと苦労しないといけないと思っているし、
我慢してお金を稼いでいる人は、もっとお金を稼ぐには
今よりも、もっと我慢しないとお金が入ってこないと思っている。
しかし、それは、絶対的なルールではありません。
あなたが勝手に自分で決めたルールなのです。
そして、そのルールは自分で決めたことなので、自分で変更可能です。
そのルールを変更したければ、お金=○○の前提を自分で変えればいいだけなのです。
椎原崇